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チューニング [コラム]

 端正な顔立ちの若い精神科医は、にやりとしながら言った。

「昔からね、統合失調症の人たちって、未来を読む力があるんですよ。」

 未来を読む? 医者という職業に似つかわしくない非科学的な響きが、返って私の興味をそそった。そういう私の気持ちを見抜いたかのように、彼は話を続ける。

「昔の統合失調症の患者さんたちって、『電波が送られてくる』とかよく言ったでしょ? 見てください。今そういう世界が現実化して、携帯をはじめいろんな電波がそこら中飛び交ってるじゃないですか。現実になっちゃったらね、彼らはもう興味を抱かないんです。今じゃ『毒電波が』なんて言う患者さん、ほとんどいないでしょう?」

 そういえば、「電波系」なんて言葉はすっかり死語になっている。しかしこの先生は、統合失調症患者には予知能力があるとでも言いたいのだろうか? そう思ったけれど、まるで怖がりな人を相手に怪談話でもするかのように愉快そうに話すこの「科学の専門家」の真意をつかみかねて、そんなふうに直接的に尋ねるのを憚った。私は着慣れない白衣の裾をいじりながら、すばやく頭の中で言葉を検索して、わざとちょっとおどけてこう言った。

「じゃあ、最近の傾向として、患者さんはどんなことを言うんですか? それが分かったら未来予想できて一儲けできますね!」

 今度は先生の方がうーん、と何かを検索するような表情をして、

「そうだな、頭の中に直接言葉が届くって言う患者さんはいるね。メールが頭に直接届くみたいに。」

 なんだ、それって昔からあるただの幻聴じゃないの。そう思って私はがっかりした。それと同時に、ちょっと恥ずかしくなった。がっかりしたってことは、私は先生の返答によって未来を覗けると思っていたことを意味するのだから。私っていつまでも「ドラえもん」の世界を信じる子供みたいだ。でも本当は、自分がいつまでも子供でいたがっていることを私は知っている。糊のきいた白衣に身を包んでいるこの瞬間も。

「じゃあ、未来は頭にコンピュータが埋め込まれちゃうのかしら。」

「そうかもしれないね。」

 落胆を表さないように、私は適当なことを言い、先生も適当に話を合わせた。


 平凡なある日、あまりの平凡さに重く沈んだ気分をどうにかしたい気持ちで、田口ランディの小説『コンセント』を読んだら、先日の医局でのこんなやりとりを思い出した。『コンセント』は社会問題と心理学とスピリチュアル世界がごちゃまぜになったような小説だ。引きこもりだった兄が死に、その部屋にはコンセントに繋がれた掃除機がぽつんと残されていた。そのときから死臭を嗅ぎ分けられるようになった主人公の女性はカウンセリングを受け始める。ストーリーは展開し、心理学を超えたところにあるスピリチュアルな世界を描き出す。
 もしかしたらシャーマニズムは形を変えて、現代に引き継がれているのかもしれない。そして精神科医のあの先生はそれを見越して、「患者」として診ている人たちの「能力」を買ってあんなことを言ったのではないか、と私は思った。いや、それこそ突拍子もない「電波な」考えかもしれないけれど。

 それでも、私はちょっと救われた感じがした。
 世界との「チューニング」のやり方が、人とちょっと違う、そんな人たちはいるんだ。いていいんだ。人よりたくさんのものを感じ取りすぎてしまって苦しくなることは、短所なだけじゃない、何がしかの意味を持っている。ややずっしりとした小説だったけれど、重かった私の心はずいぶんと軽くなったみたい。

 やっぱり小説っていいな。
 私もきちんと「何者か」になり、「何か」を表現できたら、と思う。

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